久慈・野田村

久慈

三陸鉄道北リアス線

海と山に囲まれた三陸沿岸を走る三陸鉄道北リアス線は、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で全線が不通となりましたが、震災の5日後にはいち早く一部区間で運転を再開。「震災復興列車」として3月末まで運賃無料で運行し地元の足となり活躍しました。「レトロ列車さんりくしおさい」、お座敷や「こたつ列車」など特別車両も用意され、夏期は要予約でウニ丼も食べられます!
http://www.sanrikutetsudou.com/

小袖海女(こそであま)センター

「北限の海女」たちが守り継ぐ、素潜りの伝統漁法。
北限の海女は陸中海岸の北部に位置する久慈市の海で活躍する海女さんの呼び名。海女の始まりは明治初期。遠洋漁業で男達が何日も帰らない中、女性達が家事の合間に漁にでてアワビやウニを採り家計を助けたことから盛んになっていきました。7月から9月の3ヶ月間は海女の観光実演がおこなわれ、素潜り漁を見学することができます。http://www.kuji-tourism.jp/ama/

久慈琥珀博物館

久慈の琥珀は、約8,500万年前恐竜時代のもので、南洋スギ(学名アラウカリア)が起源樹種と考えられていて商業価値として用いられている最古のものです。久慈琥珀博物館では世界の琥珀原石や琥珀工芸品を展示、日本で唯一の琥珀採掘体験やアクセサリー加工体験ができます。
http://www.kuji.co.jp/

琥珀ってなに?
琥珀とは、数千万年~数億年前、地上に繁茂していた樹木の樹脂が土砂などに埋もれ化石化したもので、いわば樹脂の化石です。

郷土食のまめぶ汁

まめぶ汁(まめぶじる)とは、豆々しく健康でいられますようにと岩手県久慈市山形町や九戸郡で食されている郷土料理。
団子の中にはクルミと黒砂糖が入っていて、甘さとしょっぱさが混在する味は誰もが懐かしさを覚えるはず。

久慈地方に伝わる源 義経 北方伝説

京の五条の橋の上大の男の弁慶は長いなぎなた振り上げて牛若めがけて斬りかかる

yoshitsune

平安時代末期の武将 源 義経(みなもと の よしつね)は、幼名を牛若丸(うしわかまる)と呼ばれ、童話中では、京都五条大橋にて武蔵坊弁慶との決闘がよく知られています。
その義経の最後は、現在の岩手県西磐井郡平泉町高館にあった奥州藤原氏居館の衣川館で自刃し果てたといわれていますが、実は死んでおらず奥州からさらに北に逃げたという言い伝えがあります。
この「義経北方(北行)伝説」では、衣川館で自殺したのは義経の影武者で、本物は既に弁慶をともない旅立っていたとも伝えられ、その説を証明するような形跡が久慈地方には多く残っています。
現在でも広く伝えられ愛されている歴史のヒーロー源 義経だからこそロマンあふれる伝説が語り継がれてきたのでしょう。
久慈地方に伝わる「義経北行伝説」に詳しいサイト

野田村

海のお宝 野田のホタテ

野田産のホタテは球状にふくらみ甘みもうまみもぎゅっと凝縮されています。
野田湾の沖合は冷たい親潮と暖かい黒潮がぶつかりあいホタテのエサとなるプランクトンが豊富。さらに外海の荒波に揉まれ身が締まり大きく肉厚に育ちます。
水揚げされたホタテは畜養施設の冷却洗浄海水へ移されます。ここで暑さに弱いホタテのストレスが解消されさらに味がよくなるのです。また野田村は中成貝(殻長9cm未満の若い小型貝)の出荷が許可されている県内唯一の産地です。

野田の絶品ワカメでつくる「塩蔵ワカメ」

ふたつの潮がぶつかりあう野田湾沖は潮の流れが早く栄養も豊富です。この海で育つワカメはしっかりした歯ごたえと香りが特徴。そんな野田のワカメでつくる「塩蔵ワカメ」もおすすめです。

のだ塩

江戸時代、海のない地方の人たちにとって、野田塩は冬の保存食を作る上で欠かすことのできない貴重品でした。
野田の塩は「野田ベコ」とよばれた行商人によって険しい運搬ルートから北上高地を超え盛岡、秋田県の鹿角まで運ばれ、米やアワなどと交換されたといいます。
野田村では、古くより海水を煮詰める「直煮(じきに)製塩」が行われてきました。日本有数の砂鉄産地である野田村は塩を煮る鉄釜が手に入りやすかったこと、十府ヶ浦海岸には製塩に適した広大な砂浜が広がっていたことなどから、野田は有数の塩産地として知られていきました。
昭和24年の自給製塩廃止により、数百年以上続いた野田塩の歴史は一旦幕を閉じることなったのです。しかし野田村では現在、村の青年たちにより伝統の直煮製塩が復活継承され村内外から高い評価を得ています。
http://www.pa-puru.com/

アジア民俗造形館

「アジア民族造形館」はその名の通り、アジア各国の資料の展示をしている資料館で、野田村の日形井地区にあります。
南部曲がり家を後世に残すことはできないかと考え、曲がり家と共通点のあるアジア各国の貴重な民俗資料展示を行うために、築200年の歴史ある曲がり家数棟を展示館として改装しています。
http://www.vill.noda.iwate.jp/asia/

南部曲り家とは?
土間を隔てて居間と厩(うまや)が続いたL字型の平面構造で、ひとつ屋根の下で、人間と馬が寝起きをともにし、馬の飼育を中心とした効率的生活をするための、人馬一体の伝統的農家の建築様式。
一般的に東側が台所で、南側に「うまや(厩舎)」が母屋の下手に接続して突出し、台所の竃から排出された暖気がうまやに流れ込み飼育されている馬を温める仕組みになっている。馬の健康管理のため北側の壁面には窓がつくられ明かりが入るよう工夫されている。

昔ながらの豆腐づくりの風景

このあたりの集落では今でもそれぞれの家で豆腐づくりをしています。たいていの家には大豆を煮るための大きな鍋があり節目の時期に持ち回りでみんなの分の豆腐をつくります。しっかりとした固さが特徴の豆腐は焼き豆腐や豆腐田楽にされたりするのです。自然豊かな山間のこの場所に似合うのは、なつかしくてほっとする昔ながらのもの。

苫屋(宿泊&カフェ)

「何もない空間ですべてが満たされる」
アジア民俗造形館の近く、日形井地区にある築150年の南部曲がり家の宿が「苫屋(とまや)」です。なんと電話はおかず宿泊の予約は手紙と対面のみ。
苫屋をきりもりするご夫妻の人柄とゆっくり時間の流れる癒しの空間に魅せられる人は多く、国内外に多くのリピーターを持つ人気の宿となっています。
ご夫婦が無農薬・不耕起で育てた野菜と地元の食材にこだわったシンプルな創作料理が人気。囲炉裏で火を入れる焼き物は香ばしく、出来上がりまで焼き加減を見たり灰を整えてみたり、ぱちぱちと薪が燃え尽きていく非現実的な時間は都会暮らしを見直すきっかけとなるかも?そしてたまたま居合わせた見知らぬ人たちが囲炉裏を囲んで知り合えて仲良くなったり。
一見不便にも見えていた空間の中、じんわり心が満たされていきます。